7931のあたまんなか

数学/読書メモ/自分の考え方/水曜どうでしょう/交通関係(道路・航空)など、頭の中にあることを書き出しています。

連載「眠れぬ夜の確率論」 ~ 『数学セミナー』読書メモ

数学セミナー』2018年4月号から、原啓介さんによる「眠れぬ夜の確率論」の連載が始まりました。

タイトルのとおり、テーマは確率論です。

高校で、場合の数、確率、条件付き確率を勉強しますが、自分にとってはどれも苦手な分野でした。

大学入試の2次試験では、

  • 場合の数の簡単な問題(碁盤の目の問題)で計算ミスをして、自己採点でへこむ。
  • 本番で確率は出ないでほしい!と思っていたら、その通りになってホッとした。

というような思い出があり印象的です。

確率論は苦手な分野ではありますが、高校数学よりも少し高い視点から確率論を見直してみて、何か得ることがあればと思っています。

【目次】

【第1回 - 2018年4月号】どうやら確からしい話

副題は「ある高校生,近江の君,ラプラス,その他の物語」です。

中学・高校で学習した「同様に確からしい」 *1 というちょっと不思議な言葉をたよりに、確率論の歴史が説明されています。

そして、「同様に確からしい」式の確率論はラプラスが提示した確率の原理がもとになっていることが説明されています。現代の言葉でいうと、次のようなものです。

  • 第一原理:確率の定義
  • 第二原理:和の法則(ここがポイント!)
  • 第三原理:積の法則
  • 第四~第七原理:条件付き確率、ベイズの公式、ベイズ推定
  • 第八~第十原理:期待値

ちなみに、この内容は数学ガール乱択アルゴリズム第4章で古典的確率として紹介されているものです。

数学ガール/乱択アルゴリズム (数学ガールシリーズ 4)

数学ガール/乱択アルゴリズム (数学ガールシリーズ 4)

【第2回 - 2018年5月号】あなたの人生の期待値

副題は「心の代数,千両みかん,ホームズ最後の事件,その他の物語」です。

未来の行動を選択するための期待値的な考え方について、過去に論じられた例を使って説明しています。

ポイントは以下の内容でしょうか。(本文より引用します)

ラプラスは確率の定義とベイズ推定について述べた第七原理までに続いて,第八から第十原理の三つで期待値の基本的性質を述べます.興味深いことは,既にこの時点で,人間の問題に期待値を応用するには絶対的な値の他に相対的な値も加味して,「精神的期待値」を考える必要がある,と書かれていることです.

【第3回 - 2018年6月号】確率・長さおよび面積

副題は「キャロルの三角形,並行宇宙,確率変数の謎,その他の物語」です。

学生時代に確率論の講義を受講していました。詳細な内容はほとんど覚えていませんが、測度論確率を関連付けて議論していたということは覚えています。

なぜこの2つを関連付けるかはよくわかりませんでしたが、この記事を読んで納得しました。一部を引用します。

「重なりのない図形に点を選ぶ確率は各図形に点を選ぶ確率の和である」と「確率はたかだか1である」の二つを守る限り,我々は「一様」には点を選べないことになります.(略)結論から言えば,確率は面積や長さと同じものだ,という直観は正しかったのですが,「長さ」や「面積」自体に徹底的な反省と再構築が必要だったのです.

その結果として得られたコルモゴロフによる確率の定義が書かれています。σ-加法族を定義した上で、確率空間確率が定義されています。

続いて、確率変数が定義されます。確率変数は高校以来、いまだによくわかっていないです…。

なお、コルモゴロフによる確率の定義の易しい形 *2数学ガール乱択アルゴリズム第4章に書かれています。

【第4回 - 2018年7月号】天才フォン・ミーゼス閣下の蹉跌

副題は「謎のコレクティヴ,ポワソンのごまかし,ミッシングリンク,その他の物語」

前回説明があったコルモゴロフによる確率の定義が固まる前に提唱されたミーゼスの確率の「定義」についてのお話です。

そのベースとなる考え方は、コルモゴロフの確率空間に対して、ミーゼスはコレクティヴでした。これは実験データを表す無限列を集めたものと言えます。

本文に書かれているコレクティヴの定義を読んだとき、わかりやすくて正当性がありそうと自分は思いました。

しかし、コイン投げなどの例を使って掘り下げていくと、現代の確率論とはズレがあり、数学的には筋が悪そうだということが見えてきます。

(私の説明では循環論法のきらいがありますが、)それを解消したのがコルモゴロフの確率空間の定義だと言えます。

一方、本文の最後に書かれている内容を読むと、ミーゼスの考え方をもっと汲み出すと現在も議論が続く確率と統計のミッシングリンクを埋められるかもしれないと思えてきます。

【第5回 - 2018年8月号】でたらめという名の規則

副題は「反規則性,コルモゴロフ再び,ポーの少年と緋牡丹のお竜,その他の物語」です。

規則性のアンチとしての「ランダム」は、コルモゴロフの確率空間で捉えられていないのではないかという問題提起で、この記事は始まります。

前回出てきたミーゼスは、コレクティヴでランダムを捉えようとしましたが、うまくいきませんでした。

その後、計算そのものの定義づけなどの発展により複雑度が定義され、そこからランダムであることが定義されました。

最後に、「確率」と「複雑度」という関係がありそうに見える概念を結び付けるものが極限定理であると締めくくられています。

おまけですが、本文では「計算とは何か」という節で計算可能性やアルゴリズムなどの概念 *3 が説明されています。これを読んでいて、森田真生『数学する身体』第2章を思い起こしました。

数学する身体 (新潮文庫)

数学する身体 (新潮文庫)

【第6回 - 2018年9月号】主観確率のあやしくない世界

副題は「DL2号機事件,一貫性,ダッチブック論法,その他の物語」です。

今回の内容を一言でまとめるとすると、確率に課す仮定確率を定める主観性になるでしょうか。

前半は、確率の考え方をめぐる様々な葛藤が書かれています。

後半は、主観確率を最も首尾一貫した完成された形で提出したデ・フィネッティの理論を説明しています。

ポイントは、以下の2つと言えます。

  • 期待値を基礎に置いた確率の概念
  • 確率を合理的に定めるダッチブック論法

ここからコルモゴロフの確率の定義の一部が導かれるのが、デ・フィネッティの理論の合理性かと思いました。

【第7回 - 2018年10月号】余は如何にして確率論者となりし乎

副題は「梯子酒,秘密の通路,5と7の理由,その他の物語」です。

前回までは、確率をめぐる思想に関する話題が多くありました。

今回は、筆者の確率論との出会いのエピソードをもとにして、具体的な事象の確率について書かれています。

酔歩ランダムウォーク)を出発点にして、次のような拡張を試みます。

  • 歩数を無限回に拡張する。
  • 境界値条件を課す。(梯子酒問題)
  • 1次元である酔歩を多次元化する。
  • 歩数という離散的な値を連続化する。(ブラウン運動*4

そうすると不思議なことに、2階微分作用素であるラプラシアンが出てきます。

そして、熱方程式や伊藤の公式との関係が出てきます。

さらにリーマン多様体偏微分方程式の関係が出てくることが書かれています。

これは、リー群の表現論を専門にしていた私の修士論文と関係するテーマで驚きを隠せませんでした! *5

【第8回 - 2018年11月号】エントロピーの夢

副題は「ピンチョン,シャノン,ボルツマン,その他の物語」です。

エントロピーという言葉に対する私のイメージは、物理の熱力学あたりで出てくる量というものです。具体的なことはわかりませんが…。

そのエントロピーを、情報学的エントロピーと物理学に出てくるエントロピーに分けて紹介し、確率との関係を説明しています。

結論を言うと、確率分布のエントロピーは確率分布の偏りを測る尺度といえるとのことです。
これは物理で出てくる最大エントロピー原理とも関係してきます。

『数学セミナー 2018年6月号』の「試験のゆめ・数理のうつつ」連載第9回で、確率とエントロピーの関係をいくつかの例題を使って説明しています。

【第9回 - 2018年12月号】負の確率,のようなもの

副題は「魔法のコイン,正負の打ち消し,超検索,その他の物語」です。

コイン投げをしたときに表が出る確率は0から1の実数  p で表せます。

これに対して、  p = \phi^2 を満たす数  \phi を考えます。(  \phi < 0 の場合があることに注意)

このような数の性質をうまく使って、  m 枚のコインを投げた結果の  2^m 通りの事象の確率が一度に求められる方法を考えます。

これは量子コンピュータのための量子アルゴリズムになっていると結ばれています。

【第10回 - 2019年1月号】人間原理の奇妙なロジック

副題は「絶妙な調整,人間孵卵器,人類皆殺し計画,その他の物語」です。

「絶妙な調整」や「人間原理」などの思考実験と確率の関係についての話題です。

この記事に書かれている思考実験のうちのいくつかは、私もぼんやりと考えたことはありますが、確率論につながる話であることには気づいていませんでした。

この回の内容は難しい数式こそ出てこないものの、哲学的に見えて難解な問題に思えました。

【第11回 - 2019年2月号】記憶喪失と自由意志

副題は「シンデレラの罠,眠れる美女,新旧ニューカム問題,その他の物語」です。

前回に続いて、確率に関係する思考実験がいくつか取り上げられています。

「数学は哲学だ」 *6 という言葉がありますが、今回の記事を読みながら、頭の中にこの言葉がちらつきました。

【第12回(最終回) - 2019年3月号】確率のディスクール・断章

副題は「不運と幸運,恋と運命,夢と成功,その他の物語」です。

第1段落の一部を引用します。

今回は締め括りとして趣向を変え,私たちの日常や人生との関わりを断章形式で,つまり短い文章やヒントを書いたカードをばらまくようにして,私の退場のご挨拶としたいと思います.

最終回は、(広い意味で)確率に関する短い文章で構成されています。

数学に近い文章から哲学に近いような文章まで様々です。

確率に関する哲学的考え方や思考実験が、この連載で個人的には非常に印象的でした。

*1:「同様に確からしい」を初めて聞いたのは、小学生のときに見た「平成教育委員会」だったことをはっきり覚えています。

*2:可算加法性というより、有限加法性で書かれている。

*3:本文での脚注にある「枚挙」については『数学セミナー 2017年10月号』の記事「ヒルベルトの第10問題」に書かれています。当ブログでのまとめはこちら

*4:差分と微分の関係が出てくる。

*5:私の修士論文はこちらで公開しています。 wed7931.hatenablog.com

*6:ここでは賛否は議論しません。