7931のあたまんなか

数学/読書メモ/自分の考え方/水曜どうでしょう/交通関係(道路・航空)など、頭の中にあることを書き出しています。

不定符号直交群の表現論 ~ 修士論文を公開します。

大学院数学専攻を卒業してから改めて数学の勉強をしていると、「これ、自分の修士論文で書いた内容だ!」と気づくことが多く出てきました。リーマン多様体フーリエ変換、緩増加超関数など…。

修士時代は十分に理解できずにやっていた内容が、卒業して10年以上経ってからようやくわかってきた感じです。

そして、Twitterで数学関係の方と交流していると、「大学院でどのような研究をしていたかを知りたい」という声を聞くこともあります。

というわけで、2005年に私が書いた修士論文を公開したいと思います。 *1

自分が一生懸命勉強した数学の集大成を残しておきたいという気持ちもありますので。

テーマは不定符号直交群の表現論

タイトルは不定符号直交群の多様体への共形的作用とユニタリ表現』 *2 です。

概要と本文はこちらからダウンロードしてください。

なお、概要の全文は以下に記載しています。 *3

概要

この論文では,不定符号直交群  \mathrm{O}(p,q) の極小ユニタリ表現とその一般化であるユニポテント表現について概観する.まずは極小表現とユニポテント表現に関して簡単に解説する.


一般にLie群の表現に関しての1つの課題として,既約ユニタリ表現を分類することが挙げられる.簡約Lie群に関しては,1980年前後に既約表現の分類は完成しているが,各々の既約表現がユニタリ内積をもつかどうかに関しては,現時点においても一部の単純Lie群と特別な場合を除いて,すべて理解できているとはいえない.少なくともこの論文で扱う  \mathrm{O}(p,q) に関してはわかっていない.

この既約ユニタリ表現を理解するための指導原理として軌道理論(orbit method)がある.例えば,Heisenberg群のような単連結べき零Lie群  G の場合には  \mathfrak{g}_0:=\mathrm{Lie}(G) の双対空間  \mathfrak{g}_0^* 上の余随伴軌道と既約ユニタリ表現の同値類に1対1対応があることが証明されている.半単純Lie群の場合にこのような対応があるかはわかっていないが,べき零軌道(半単純Lie環のべき零元を通る余随伴軌道)に対応する既約ユニタリ表現(これをユニポテント表現という)を構成することが重要であると認識されている.

特に極小なべき零軌道に対応する既約ユニタリ表現を極小表現という.表現の“大きさ”を測るGelfand-Kirillov次元という概念があるが,極小表現はこのGelfand-Kirillov次元が最小になっている.この論文で構成する  \mathrm{O}(p,q) のユニポテント表現  \mathcal{H}_n^{p,q} のGelfand-Kirillov次元は  n(p+q-2n-1) である.多くの簡約群は極小表現を持つことが知られていて,実際に構成されている.この論文では  \mathrm{O}(p,q) のいくつかのユニポテント表現と極小表現を扱う.ただし,  p+q が奇数かつ  p,q \ge 4 のときには  \mathrm{O}(p,q) は極小表現を持たないことが知られている.


次に不定符号直交群の極小表現の研究について,歴史的な流れを大まかにみてみよう.  (p,q)=(4,4) の場合について,Kostant が最初に極小表現を構成した.その後Binegar-Zierauが,  p+q が偶数かつ  \min(p,q) \ge 2, \ (p,q)\neq(2,2)  である一般の  p,q について極小表現を構成した.本論文中の記号でいえば,  \mathcal{H}_1^{p,q} にあたるものである.これは光錐上の斉次な  C^\infty 級関数でLaplace作用素の核となる空間の上に表現を構成したものであり,既約かつユニタリな表現を与える.

そしてこの極小表現の拡張として,Zhu-Huangは一般化された光錐上に有限個のユニポテント表現  \mathcal{H}_n^{p,q} を構成した.ただし  n=1,2,\dots, [\min(p,q)]/2 である(  [ \ ] はGauss記号).  n=1 のときは極小表現になることは上で述べた.  n \ge 2 のときは極小表現にはならないが,
既約ユニタリ表現を与えることがtheta対応の議論を使って述べられている.さらに  \mathcal{H}_n^{p,q} が退化主系列表現の部分表現とみなせることも指摘している.

近年Kobayashi-Ørstedが,極小表現を擬Riemann多様体への不定符号直交群の共形的作用を使ってYamabe作用素の核空間上に表現が構成できることを用いて構成している.


冒頭に述べたように,この論文では不定符号直交群の極小ユニタリ表現といくつかのユニポテント表現について概観する.論文中で説明したことを(i)~(iii)の3つに分けて紹介する.なお,(i)はZhu-Huang,(ii), (iii)はKobayashi-Ørstedの手法に従って議論した.

(i) 表現  \mathcal{H}_n^{p,q} の構成

 p,q,n \in \mathbb{N}  2n \le p \le q, \ p+q \in 2\mathbb{N} を満たすとする.  G:=\mathrm{O}(p,q)  \mathcal{X} を一般化された光錐とする.  \mathcal{X} 上の  C^\infty 級関数で  \mathrm{GL}(n,\mathbb{R}) で定められる次数が  n+1-\frac{p+q}{2} 次斉次なものであり符号が  p,q により制御されるもの全体を  \mathbf{V} とおく.  \mathcal{X} には左から  G が自然に作用しており,  \mathbf{V} G -加群になる.このような関数について  G -不変なLaplace作用素たち  \Delta_{ij}  が矛盾なく定義できて,  \mathbf{V} に含まれる関数のうちですべての  \Delta_{ij} の核になるもの全体を  \mathcal{H}_n^{p,q} と書く.この空間は  \mathbf{V} の部分  G -加群になり,既約ユニタリ表現を与える.またこの表現は  G の極大放物型部分群を使って,退化主系列表現の部分表現とみなすことができる.

(ii) 擬Riemann多様体への群の共形的作用とYamabe作用素の核空間上への表現

 M を擬Riemann多様体とし,それに付随する計量を  g_M とする.Lie群  G  M への作用  L_h:M \to M \ (h \in G) が共形的であるとは,  L_h^* g_M = \varOmega(h,\cdot)^2 g_M を満たす正値関数  \varOmega : G \times M \to \mathbb{R} が存在するときをいう.複素数を1つ固定するごとに  G の表現を  C^\infty(M) 上にtwistされた引き戻しで定義する.特別な場合にこの表現が  M 上のYamabe作用素の核の上に制限できるという重要な性質を導く.

(iii) 極小表現の  S^{p-1}\times S^{q-1} 上のYamabe作用素の核空間での実現と  L^2 空間での実現

(i)の記号でいう  n=1 の場合を考える.  \mathbb{R}^{p+q} に符号数  (p,q) をもつ2次形式で定まる計量を入れた擬Riemann多様体  \mathbb{R}^{p,q} を考える.この部分多様体  S^{p-1}\times S^{q-1}  G が共形的に作用していて,(ii)のように表現を構成できる.特に  C^\infty(S^{p-1}\times S^{q-1}) のYamabe作用素の核空間の上に表現が構成できて,これは表現  \mathcal{H}_1^{p,q} に一致する.この表現は  G の極小表現を与える.最後に  \mathbb{R}^{p-1,q-1} の光錐上の  L^2 関数の空間に極小表現が実現できることの証明の概要を述べる.

この論文はどうやら物理に関係しているらしい?

Twitterなどでの情報を見ていると、この論文の内容は物理にも関係しているようです。

大学院時代に読んだある論文で「水素原子がなんとかかんとか」と書いてあって、「ふ~ん」と思った記憶はあります。

また、私の指導教官の著書を改めて読んでみると、やはり物理に関係していそうだということがわかってきました。

表現論入門セミナー―具体例から最先端にむかって

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この論文をもう一度理解し直す中で、物理との関係も理解できればと思っています。

問い合わせなどはこちらへ

自分で書いた論文ですが、忘れてしまっている内容がたくさんあります。なので、質問されても回答できないことが多いと思いますが、何かありましたら以下のURLからご連絡ください。

docs.google.com

*1:卒業時に所属していた専攻に公開可否を確認してOKをいただきました。

*2:岡内孝介,北海道大学修士論文,2005

*3:2005年時点の内容なので、現状と異なる場合があります。